Mihokoブログ

家庭料理のおはなし その3:おかずの品数よりも大切なことって?

コロナ自粛期間中、何か新しいことを、と思っていたタイミングで音声SNSアプリ:Dabelに出会い「オ料理」という番組を始めました。
※現在も不定期で放送継続中です

今日の晩ごはん何にする、というかるーいノリののんびり番組なんですが、番組を続けていくなかで集まったのは、頑張り屋さんの悲鳴にも近い声でした・・・

「おかずの品数をたくさん作らなくちゃ!と思うんだけど、ツライ〜!!」

でもどうして、おかずの数って多くないといけない、って思っちゃうんでしょうか?
ということで、おかずの数へのこだわりが、今日のおはなしです。

◆一汁三菜、って確かに教えられた

今まであまり考えたことがなかった、おかずの数へのこだわり。
当たり前だと思っていたけれど、なんでだろ?

実際、私が家庭料理教室で基本構成にしていた内容も「主菜1品、副菜2品」。
お食事タイムには炊きたてご飯に、天然おだしのお味噌汁・・・。
自分が幼い頃から馴染んできた、食事スタイルを何のギモンも持たず、踏襲してきました。

その中で、お教えする数は増減させてきましたが、1品だけに絞ったレッスンもしよう、とオンライン料理教室で企画するようになったのはごく最近。
気づかぬうちに、自分のなかに刷り込まれていた「おかずの品数」問題。
あれーーーーー???

そういえば、家庭料理は一汁三菜が基本だ、と小さい時に教えられ、実際に日々食べ続けて成長していく中で、染み付いた習慣だったのです。

それこそ昔はおかずが多いのは特別な時だけで、日常はおかずは1品だったって、ずいぶん前に読んだ覚えがあるのに。

我が家の日々の食卓では1品だけの時もそれなりにあり、自分の家庭生活では全くこだわりはないのに。
そのこだわりのなさから、今までもいろいろな方に、あとでお話しする「アドバイス」をずっとし続けてきていたのに。

家庭料理を仕事として教える時は、スイッチが切り替わる。
自分のなかにある「食卓のロールモデル」は一汁三菜だったんだ、とリスナーのお声を聞いていて改めて気がつきました。

◆一汁三菜が当たり前、になったのは・・・

考えてみたら、私が成長した時代は日本が右肩上がりだった高度成長期。
父がサラリーマン、母が専業主婦、2人兄弟で家族4人、とついこの間までモデル世帯で出てきた家族構成でした。

私の成長期は、地方から大都市に人が集まり、サラリーマンが増えていた時代。
ブラウン管の白黒テレビからカラーテレビになり、炊飯器と掃除機と洗濯機、そして冷蔵庫が家庭にあるのが当たり前になった時期に重なります。
都市部在住のサラリーマン家庭の専業主婦には、新しく出てきた便利な家事道具に支えられ、時間的余裕もそれなりにありました。

そして母たちのような専業主婦は「たくさんの品数作るのが当たり前」、という世の中の流れに乗って、それぞれの食卓でその理想を展開していたわけです。

それがちょうど高度経済成長期の「当たり前」「スタンダード」。
そういう時代だったのだな、と改めて思います。

当時の母の姿を思い出してみると、毎日毎日、たくさんの品数のおかずを狭い台所:おしゃれな「キッチン」とは程遠い水回りを工夫し、家族のために料理を作り続け、それに加えて保存食やパン、お菓子も作っていたんです。

冷蔵庫も今と比べて小さかったし、電動の便利な調理器具は高額でなかなか揃えることは叶わない時代。

よくやっていたなー、と思いつつ、それを今の時代に当てはめること自体が無意味だなと思うのです。

◆料理の品数よりも、ずっとずっと大切なこと

さてそんなことを思い返し、思わぬきっかけから再考するチャンスをいただいて・・・

家庭料理をメインにしてお教えするようになってから、折に触れてお伝えしていた「アドバイス」を、Dabelのホスト番組のリスナーの方のお悩みを伺うたびにも、お伝えするようになりました。

自分の中にある仕事スイッチON!の「食卓のロールモデル」はあくまで前時代のロールモデルである、と、今まで以上に心しながらの「アドバイス」とは・・・

食事作りが辛くなったら、その日はやらなくてもいい。
お弁当を買ってきても、おかずを買ってきてもいいし、外食したっていい。

でも、お弁当はそのまま食べるにしても、もしおかずを買ってきたとしたら、面倒がらずお皿にだけは盛り付けてくださいね。
たったそれだけのことで、食べる自分にも、一緒に食べる相手にも「手をかけた」ことになるから。
そしてそれは自分にも相手にも「心をかけた」ことにも通じ、大切にしていることを無意識のうちに体感できるから。

今日、このコラムを書いていて、昔、祖母から母へ、そして私へ、食についてしつけられたことを思い出し、連想した言葉があります。
「鍋口から食べるような人には絶対になってはいけない」

鍋物料理をいただくのは別として、鍋で調理した料理をお皿に盛り付けすることなく、そのまま直接口にすることをしてはいけない、行儀が悪いと。
それはそれは何度も何度も言われたものです。

まだ経験値の低かった若い頃は、ただのしつけ、食事の所作の問題とだけ考えていました。
でも、今思い返してみると生き方としての教えも含んでいたのだなと、改めて思います。

家庭料理で大切なのは、食卓に並べるおかずの品数ではありません。
何よりも大切なのは、自分を、そして一緒に食べる相手を大切に思う気持ち。
毎日の食事での栄養バランスももちろん大切だけど、品数ばかりにこだわりすぎて、家庭料理を作るのがつらくなってしまっては、気持ちも疲れるばかりです。

私自身は食品添加物や旨味調味料をはじめとする人工的なものの摂取量の閾値が他の人よりも低いようで、調整をしないと体調を大きく崩して、回復までに長い時間を必要とします。
そのため、家で食品添加物や旨味調味料類を一切使わない、無添加の家庭料理を作る割合は他の家庭の方よりもずっと高いと思いますが、食事作りがキツイ時は外食もしますし、テイクアウトも利用します。

親世代からの厳しい躾でなんでも完璧にしなくちゃ、と思っていたのは遥か昔。

夫と結婚し、娘が生まれて仕事もして、なんて生活に突入してからは、自分の「完璧」癖で自分で自分を苦しくしてしまった時もありましたが、少しずつ方向修正して、今ではだいぶ緩くなりました。
そして、そうおかげで「ブラしてはいけない本当に大切なこと」がしっかり捉えられるようになったのでは、と思っています。

日々の食卓で大切なのは、料理の品数じゃないのです。
大切なのは、自分にも、相手にも心をかけること。
だから「正しく手抜き」することも大切なんですよ。

家庭料理には、人を支える力があります。
次のコラムもお楽しみに。

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